輪島の未来を拓く人たち #1「木地屋だからできること」

こんにちは!文化の翻訳家の吉澤朋です。日本の工芸や文化、その奥に流れるストーリーを国内外に伝える仕事をしています。
今回はしゃかいか!のレポーターとして、能登・輪島2泊3日の旅に参加しました。
震災から2年、輪島の漆はいま
輪島、と聞いて思い浮かべるのは…
やはり「輪島塗」でしょうか。ときに「塗り物」や「漆器」の代名詞として使われるほど、日本の漆を代表する産地です。
あるいは、2024年元日の地震、そして同年9月の豪雨被害も。
輪島市のホームページによると、住家の被害は合計10,634棟、非住家は11,709棟。この数字の中には、漆に関わる人の住居や店舗、漆器が保管されている蔵なども多数含まれるに違いありません。
震災から2年経った今、輪島の漆はどんな状況にあって、輪島で暮らす方たちはどんな景色を眺めているのか。ずっと気になっていました。
今回の旅は、輪島で新たに芽吹く動きがあることを「四十沢木材工芸」の四十沢夫妻が教えてくれたのがきっかけです。
輪島の漆はもちろん、暮らしや景観など、地域全体の未来を描く活動をされてきたお二人。「この人たちに輪島の本質を語ってもらいたい」と共感する方々がたくさんいるのだそうです。
スクリーン越しに数字を眺めるのではなく、実際に目で見て感じることのできるまたとない機会。期待と共に訪れた一行が体感したのは、土地の力、文化、そこに住む人の魅力でした。
その3日間を、たっぷりお伝えします!

今回の輪島ツアーを企画して下さった、四十沢宏治さん・葉子さんご夫妻。「おじゃましまーす」

輪島塗124工程の、いちばん最初
四十沢木材工芸(アイザワモクザイコウゲイ)さんは、全部で124工程あると言われる輪島塗の中で、一番はじめの段階である木地(きじ)制作を生業としています。
つまり、輪島塗のスタート地点。四十沢さんの仕事の先に、全工程の職人さんが連なっているということです。

「四十沢木材工芸」二代目当主である宏治さん。戦後、木地屋業を立ち上げたのが宏治さんのお父様です。
「まずは指物(さしもの)からスタートしたんです」とのこと。
指物、とは…?
漆塗りを施す前の木の土台、「木地(きじ)」には、素材や技術ごとに専門の職人さんがいるのだそうです。

- 正確にカットした板を組み立てていく指物木地
- 一枚の薄い板を曲げて形づくる曲げ物木地
- 轆轤で椀などの回転体を成形する椀木地
- 朴の木を用い、刳り出して成形を可能にする朴木地(輪島の特徴でもあります)
その中で、指物を専門に創業した四十沢木材工芸さん。創業者持ち前の好奇心と挑戦心で難しい注文にも応えていくうちに、木地に関する工程はすべてこなせるようになったのだとか。


「木地屋で一番先にNCルーターを取り入れたのもウチでした」と宏治さん。
細かな仕上げには人間の手が必要になりますが、ざっくりとした形に落とし込む作業を機械に任せられるようになって、生産効率が格段に上がりました。



塗師屋さんは、プロデューサーだった

同じ輪島市出身の葉子さん。
「お嫁にきた30年ほど前は、ホテルや神社仏閣の記念品として漆製品が選ばれることが多かったんですね。塗師屋(ぬしや)さんがやって来て、『この花瓶を300個』なんて注文が入ることもよくあって」
漆を塗る師だから塗師屋(ぬしや)。けれど輪島の塗師屋さんは、伝統的に、漆製品の仕上げを担当するだけの存在ではないのだそうです。
お客さんとつながって注文を受け、その注文に応えられる各工程の職人さんを見極めて発注し、期日通りに希望の品を届ける。問屋業も、プロデューサー業もこなす存在なのでした。
その大きな循環の中に、木地屋さんの仕事もあります。

ただ、ここ30年で生活様式や風習も大きく変化するなかで、それまで「定番」であった花瓶や食器のセットなどの大型発注は随分と減りました。現代の生活にいかに漆が関わっていくかを模索し、新しい漆のかたちを求める塗師屋さんもいるそうです。
「自分で考えながら、挑戦している人が残っている気がしますね」と宏治さん。
漆を塗らない、という新しい挑戦
漆の産地として輪島全体が挑戦を迫られている中、四十沢木材工芸も新たな一歩を踏み出しています。


2013年に、木目の美しさをそのままに伝える、漆を施さないオリジナル木製品の製造販売を始めました。
製品の始まりから仕上げまで自社で手がけ、お客様に直接届ける。今までの輪島塗のつながりも保ちながら、もう一本の幹を伸ばすような感覚でしょうか。


2023年にオープンしたギャラリーには、無垢の木の質感に直接触れることのできる器が並びます。
向かいの会議室へ。

グレーを基調とした、一見コンクリート打ちっぱなしのモダン建築…と思わせて、柱も天井も地元の素材であるアテ(能登ヒバ、あすなろとも)などの木材を使っています。飾り棚の中の作品ももちろん、木地そのもの。木目をそのままに活かしています。
「木地屋としての原点を、この空間で表現しています」と葉子さん。
呼吸する木に囲まれて、空間は柔らかい空気に満たされていました。
20年、30年と木を寝かせる「倉庫」

四十沢木材工芸の倉庫に連れて行ってもらいました。この巨大な空間で、木材は長くて20〜30年ほどかけて寝かせられ、ゆっくりと乾燥していきます。
「それでも、1年間で半分は入れ替わりますね」

扱うのは、銀杏、桂、欅、胡桃、栗、桜、朴などさまざま。それぞれが、ここで活躍の時を待ちます。

「だいたい1年乾燥させると、木の含水率が14%ほどになって一旦落ち着きます。それはこちらが日本海側だからで、太平洋側だと13%くらいですね」
気候に影響されるんですね!
木の中に含まれる水分と、使われる環境の湿度が違いすぎると、割れや歪みが生じる可能性が高まります。特に現代の生活環境はエアコンなどで乾燥していることが多いので、それを見越して木材もきちんと乾燥させる必要があるのだとか。

この大きな人工乾燥機で水分量を10%以下にします! その後も、最終形に仕上げるまで各工程ごとに乾かすことで、「寸法のくるい」が生じないようになっています。
あの日の傷跡と、新しい工場



工場の階段脇に貼ってあった一枚の写真。2024年の地震で、筋交いとして入っていた鉄骨ブレースが完全に千切れてしまいました。その後新しく付け替えられましたが、工場の床や階段には、歪みやひび割れが今も残っています。
現在は、新しい工場の建設が進められているところ。「もう上階には重い機械を置かないようにしないと!」と笑う宏治さんでした。
曲げ物ひとすじ半世紀、蔵田満さん
次に訪れたのは、曲げ物職人の蔵田満さん。

先ほどご紹介した木地の4つの専門技術のひとつ、『曲げ物』の道に入って半世紀。笑顔であっという間に私たちの緊張を解いてしまった蔵田さんは、仕事の合間に太鼓や陸上を楽しむ趣味人でもあります。
少し遅れて到着した私達を、快く工房の中に受け入れてくれました。ちょうど作業の途中だったのでしょうか、作業台の上には数枚の薄い板。長さ35cmほど、幅は5cm、薄さは1〜2mmといったところでしょうか。



「使えるものは何でも使うよ〜」と冗談めかして足で板を押さえていますが、この股関節の柔らかさ! 何十年もの間に培われた賜物に違いありません。
このアテの板は、水に二晩浸して柔らかくしてあります。四十沢木材工芸ではお湯を使うと聞いていたので、理由をたずねてみました。
「お湯だと蒸発しやすくなって、大量にこなしたいときには最後の方で乾いてしまうから」

丸い型に沿って、薄い板を曲げていきます。板は折れたり割れたりすることもなく、さらりときれいな形に納まっていく。無駄のない、流れるような蔵田さんの動き。そこには何十年もの蓄積があるのでしょう。


ちょっと端を挟んで固定すれば、あっという間にきれいな長丸の、まさに「曲げ物」ができあがりました。
丸太から割るから、しなやかになる
「僕らができない、蔵田さんだからこその仕事っていうのはね。この丸太から仕入れているんです」
宏治さんが、駐車場脇に積み上げられた木材の山を指さして言います。
そう、四十沢木材工芸でも曲げという技法は扱いますが、仕入れるのは板状になった木材。一方の蔵田さんは、丸太の状態で仕入れ、ナタを使って放射状に割っていきます。
なるべく木目を分断せず、木の繊維の流れを活かしたまま板状にする。そうすることで、曲げという衝撃にもより強い、しなやかな素材になるのです。


分業の産地に、横のつながりを
案内して下さるのは、妻の蔵田久子さん。
四十沢夫妻も「普段なかなか見ることができないから」と興味津々です。木地を扱うという点ではライバル同士なのでは、と思うのですが、互いの技術に敬意を払いこそすれ、隠すような様子は一切ありません。輪島という産地のつながりゆえでしょうか。

「蔵田さんは、職人としての技術はもちろんですが、人柄も魅力的で」と葉子さん。
葉子さんは結婚して四十沢木材工芸に入ってから、輪島塗に携わる方々を訪ね歩き、取材した記事を「輪島木地屋四十沢」というブログに掲載していました。
輪島では分業制が確立されていた故に、同業者でも横のつながりは薄い…と聞いたことがあります。取材に訪れる時の敷居は、高くなかったのでしょうか。
「誰もが必要とする木地屋だからですかね? 皆さん快く取材を受けてくれましたよ」と当時を振り返る葉子さん。
「昔はそこまで開けていなかったから、いぶかしがる人もいたかもしれないけど、葉子さんの人柄だね」とは久子さん。
そのブログは残念ながら現在非公開となっていますが、その頃始まった交流は今も続いているそうです。蔵田さんも然り。
「今日も仕事の途中を装っていましたが、きっと私達が来る時間に合わせて、湿らせたデモンストレーション用の板材を用意してくれていたんだと思います」
そんなふうに、お互いの心配りに思いを馳せる関係が素敵です。
地道に葉子さんが築いてきた繋がりがあって、実現した今回の輪島ツアー。
エピソード2では、新しい漆の在り方を探求する二つの工房のお話に続きます!
四十沢木材工芸 Factory's Gallery
〒928-0062 石川県輪島市堀町3-8-1 (Google Map)
WEBサイト:https://www.aizawa-wood.jp/
四十沢木材工芸 公式オンラインショップ:https://www.aizawa-wood.shop/
シリーズ「輪島の未来を拓く人たち」
(text:吉澤朋、photo:市岡祐次郎、篠原豪太)
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