茶道具も積み木も塗る!京漆器の工房「髙木漆工」に通う学生がみつけた、“漆”の可能性と“塗り”の面白さ

たくさんの筋が入った木にご注目。これがなんの木か分かりますか?

実は、今回の工房さんには欠かせないあるものが採れます…

それは漆(うるし)

今回は、京漆器の工房「髙木漆工」さんに伺いました。

髙木漆工は京都市山科区に構える工房です。塗師(ぬし・漆塗りの職人)の髙木望さん(写真中央)が13年の修行を経て独立。現在はお弟子さんとともに活動されています。

こんにちは!しゃかいか!インターン生のかずなです。

私は伝統工芸に興味があり、しゃかいか!に加えて髙木漆工さんでも昨年2月よりインターンシップをしています。

こちらは京都のお祭り『祇園祭』で使われる、山鉾(やまほこ)の部材の漆塗りをさせていただいたときの写真。工房に通い、漆塗りからワークショップのお手伝いまで様々な経験をさせていただいています。

実は髙木漆工さんにお邪魔するまでは漆のことをほとんど知らず、工房に伺うたびに驚きの連続でした!漆の面白さを知れば知るほど、漆の魅力に引き込まれるようになりました。

今回は、福井で漆に触れている&漆についてがっつり学ぶのは初めてというしゃかいか!メンバーとともに訪問。塗り物の背景にあるストーリーを伺ったり、工房で作業の見学をしたり、漆塗りを伝えていく髙木漆工の思いと取り組みを聞いたりしてきました!

私がインターンシップで学んできたことも含めてお伝えしたいと思います。ぜひ最後までお付き合いください!

漆塗りがたくさん!髙木さん流のおもてなし

まず通していただいたのは...

お茶室です!

職人さんとしては珍しく茶道を嗜まれており、工房横にご自身のお茶室を構えてらっしゃいます。

こちらの壁なのですが、独特な色に何か心当たりはありますでしょうか...?

そうです!漆で塗られているのです!

「漆は壁にも塗れるのか!」と一同驚き。

「工房へ行く前にまずはお茶を」ということで、ご自身で壁を塗られたお茶室「髹庵(きゅうあん)」でおもてなしいただきました。

髙木漆工さんに伺ううちに、お抹茶やお菓子の魅力にすっかり虜になっている私は大喜びでしたが、その話は置いておいて…

このお菓子が載せられたお皿も、髙木漆工さんオリジナルです。とらや パリ店40周年記念展「京の伝統産業 × Paris × Wagashi」での展示作品として作られました。髙木さんの奥様が、フランス国旗を模してデザインされたというこのお皿は、「今の時代に合うものを」と制作されたのだそう。

漆で「和モダン」のような風合いのものも作れるのだなと、漆の可能性を教えてくれます。

「フランス国旗ってどっち向きだっけ?」と笑いながら、和やかに取材は続いていきます。

漆は陰の仕事⁈茶道具を引き立てる漆塗りの奥深い世界

お茶をいただきながら、髙木漆工さんが手がけた塗り物の数々を見せていただきました!

まずこちらは、茶道で使う「水指(みずさし)」という道具です。

茶釜に注ぎ足したり、茶碗や茶筅を洗ったりするための水を貯めておく器です。水指は実用的な役割を果たすだけでなく、茶席の美しさを引き立てる存在でもあります。

この蓋が漆で塗られています。

凹凸のある表面を、つやのある黒い漆で仕上げています。

本体の陶器は江戸時代後期~明治時代くらいに作られた古いもの。蓋を作る際は、陶器の雰囲気に合うように作ることが大切で、この水差の場合は陶器が古いため、蓋も時代がかったような表現にしているのだそうです。

下の写真も水指の蓋ですが、雰囲気が違って見えませんか?

こちらの蓋は色が少し赤みがかっており、表面のつやが抑えられ、しっとりとした曲線です。

こういった違いや、細かなサイズ、曲線の具合だけでも雰囲気が大きく変わってくるのだそう。

この雰囲気の出し方には、職人さんのセンスが要求されます。

オーダーに応えて作ることもあれば、完全お任せの時もあるのだそうです!

私は以前まで、職人さんは依頼主の要望通りに制作するものだと思っていたので意外でした!

茶道具制作で必要とされるセンスを磨くために、茶道のお稽古やお茶会でよい道具に触れたり、博物館を訪れたり、「漆の実験場」ともおっしゃる自身の茶室で見え方を研究したりされているのだそうです。

印象に残ったのは「陰の仕事」という言葉。

水指でも、主役は胴体の陶器の部分で、漆で塗られた蓋はあくまで裏方。

陶器を際立たせるのが塗師の仕事です。

主役として注目されないところにも手間をかけて作り上げるところに、職人さんのプロ意識を感じます!

ちなみにこの水指、髙木さんが「金継ぎ」もされています!

金継ぎも漆塗りの技法のひとつで、陶器などの割れや欠けを漆の接着作用を用いて修復する方法です。ここにも茶道の「わび・さび」が現れています。

お話を伺っていると、茶道には日本文化やそれを支える伝統工芸が詰まっているなと感じさせられます!

他にもたっぷり塗り物を見せていただきました。

こちらは「根来(ねごろ)塗」という漆の経年変化がみられる技法のお椀。100年位経ったものだそうです!

使い込むにつれて下地の黒が現れ、経年変化とともに魅力が増していく器です。

漆器にはこのような変化に加え、年月が経つにつれて漆の透明感が増して、朱などの顔料の色がより出てくるといった変化もあります。

こちらはカラフルな漆が塗られた上に、顔料の混ざっていない漆を塗り重ねたお椀。

しゃかいか!メンバーも「めちゃめちゃかっこいい!」とお気に入りです。

何十年か経つと上に塗った漆の色が透けてきて、下の色がよりはっきりしてくるのだそうです。

古いものだと9000年も前のものが残っているという漆塗り。

変化を楽しみながら代々使い続けていきたいですね!

こちらは金継ぎされたもの。

金継ぎ一つとっても、銀に近い色や金ぴかの金に近い感じなど、色の選び方からセンスが問われます。

こちらはなんとゆるキャラ!中にお香が入る、「香合」という茶道具です。

なんと、髪の毛を外すと、中からもうひとりの姿が!着ぐるみに入っている人が隠れていました。遊び心にもあふれています。もし機会があればぜひ細部まで見てみていただきたいところです。

漆でゆるキャラまで塗れてしまうのですね!

こちらを見せていただいているときに印象的だったのは、「触らないとだめですよ」という言葉。むしろ「触ってもらうために作ってる」とのことです。

漆器は恐れ多くて触れない、と思ってしまうときもありますが、たしかに触ってみないとその独特な質感や魅力は十分に伝わり切らないなと感じます。

髙木さんがワークショップや実演時に、「触っていいですよ」と話されているのをよく耳にしますが、そうおっしゃるのには実際に触って知ってほしいという思いがあるのでしょうね。

最後は私の推し!「棗(なつめ)」という抹茶を入れる茶道具です。

よく見る棗は黒が多い気がしますが、こちらはとっても鮮やか!漆にもこのような表現が出来るのかと教えてくれます。

私が推している理由は見た目だけではなく、髙木さんの息子さんが3歳の時に色を塗ったという点もです。

蓋裏には花押(サイン)も書かれています!

職人さんのお家ならではの、なんと素敵な思い出の残し方なのでしょう!

ひとつひとつに塗りの技法や背景となるストーリーが詰まっています!

漆で工事現場を再現!?漆を広く伝える髙木漆工のものづくり

昔は京都の漆塗りといえば茶道具が多かったそうですが、時代の変化に伴い仕事の種類も変わってきているのだそうです。

茶道具をたくさん扱っている髙木さんですが、その需要は縮小しつつあり、髙木漆工さんのお仕事でも茶道具の割合は10%ほどだそう。

「髙木漆工さんはどんな仕事をしているの?」という質問の答えに困っている髙木さんの様子を私はよく目にするのですが、受ける仕事は実に多彩。

上塗りという最終仕上げや、金継ぎといった修理の依頼が多いそうですが、来る依頼によって仕事内容は大きく変わります!

さまざまな依頼が来る理由の一つは、髙木さんのつながりの広さ。

昨年まで異業種団体に所属されており、そのご縁から来る依頼も多いのだそうです。

こちらも髙木さんのつながりから依頼が来た塗り物の1つ。

「安全第一」これ、なんでしょうか?実は水指なんです。

私が初めてこちらを見たときはお茶室の用意をしている時で、部屋の片隅に佇んでいました。「なんて可愛いの!」と一目惚れしたのを覚えています。

この下の部分はVUキャップという建築素材そのままなのですが、建築関係の方からの「これをお茶会で水指にしたい」というご要望に合わせて蓋を作ったのだそうです。

これにはお茶会の参加者も笑ってらしたそうで、いらっしゃったお家元も「これ漆か?」とびっくり。

一度見たら髙木さんの印象は強く残るでしょうね。

同じく茶道具なのですが…

判例六法!?

和紙を漆で貼る「一閑張(いっかんばり)」という基本の技法を用いているのですが、こちらには和紙ではなく法令集が貼られています。

お茶会にはそれぞれテーマがあり、その時の亭主が弁護士の方だったので判例六法の水指を用意されたのだそうです。

産業法!弁護士さんのお気に入り部分が選ばれているのだそうですよ。

お菓子を載せるお皿にも細かい文字が。お菓子を食べ終わった後じっくり読み込みたくなってしまいますね。

これらはお仕事でやっているわけではなく、「こういうのもできますよ」とちょくちょく制作しお茶会に出されているのだそう。

伝統的な技法を使って遊び心があるものを作ることで、「面白いな、髙木くん漆塗りの職人なんや」と知ってもらい、伝統工芸に関係のない方々にも漆の面白さや汎用性を伝えているのだそうです。

サービス精神あふれる髙木さんから、貴重な漆器や茶道具をみせていただき、たっぷりおもてなしを受けたしゃかいか!一行ですが、まだまだ髙木さんのおもてなしは続きます!

続いて工房へ…とお茶室を出ようとすると玄関に鏡餅が。よく見ると木目が見えませんか?

こちらは木で作られた鏡餅。上の橙が漆で塗られています。

お茶室に入る前の玄関から、漆のおもてなしが始まっていたんですね!

いざ、工房へ!塗師の仕事の裏側に迫る

続いて、実際に漆を塗っている工房におじゃましました。

こちらは漆を保管する棚。「職人さんの工房!」という感じがしてテンションが上がります。

漆は木から採れる樹液。それを精製してもらったものが並んでいるのだそうです。

たくさんある桶や箱は、色の違いだけでなく質の違いによっても分けられています。つやのある漆とマットな質感の漆、乾きの早い漆、遅い漆などなど、これらは漆の精製屋さんが髙木漆工さんに合わせてつくられたものです。

髙木漆工さんで使われている漆は、京都で漆の精製をされていらっしゃる「堤淺吉漆店」さんのものがほとんど。漆の精製についてはこちらの記事もぜひご覧ください!

工房では仕上げたい質感や季節に合わせてブレンドしながら使います。

その感覚は長年の経験で培われていくものなのだそうです!

木から採ってごみを取り除いた状態の漆を拝見。塗られていない漆を見る機会はほとんどありませんが、とろんとしていてキャラメルのような色です。

匂いを嗅がせてもらったしゃかいか!メンバーいわく、「なんか酸っぱい匂いがする…」とのこと。木から取ったばかりの漆は「甘い匂いがする」と言う人も多いそうです。

こちらは漆を塗ったものを保管する「室(むろ) / 風呂(ふろ)」という場所。漆塗りの工房独特の景色です。

髙木漆工さんの風呂にはいろいろな種類のものが入っていますね!

私が漆について知って一番驚いたことの1つが、「漆は湿度がないと固まらない」ということ。洗濯物と違って乾燥したところでは乾きません。梅雨くらいのじめじめ度合いが最も乾きやすいのだそうです。

それはなぜかというと、漆の乾燥が「酵素を触媒とするウルシオールの酸化重合」という化学反応によって起こるため。高校の有機化学を思い出します!塗った漆が「乾いた」という表現をよく使うのですが、正確に表現すると「乾く」より、「硬化する」のだそう。仕組みを知ってもやはり不思議な感じがして、天然の漆は面白いなぁ!と感じます。

そこで漆を乾かすのに使うのが風呂。中を湿らせて湿度を上げて使います。その加減も職人さんの感覚です。

こちらは「回転風呂」という少し変わったもの。上の斜めになっている部分が一定時間ごとに自動で回ります。これは塗った後の漆が垂れてこないようにするため。

工房にいると急に「ウィーン」と機械音が聞こえるのでいまだにびっくりしますが、職人さんは慣れっこ。しかし不具合で回転が止まっていた場合に気づける程度に音を意識していかなければならないのだそう。私なら忘れて作業に集中してしまいそうです。

この装置ができる前は、若手職人が寝ずの番で定期的に回転させなければならなかったとのこと。

革命的な機械ですね!

こちらは「真塗」という技法の工程見本。左から右に工程が進んでいきます。上下にあるお椀の内側と同じ、つるっとした仕上がりの技法です。

塗っては乾かし、研ぐを繰り返します。全部で20工程ほども!完成した物だけ見ると分からないですが、漆器の背景にはこれだけの手間がかかるのだと分かりますね。

右から5番目の黒い部分より前は、すべて下地の工程。下地に手間がかかっているからこそ長持ちし、美しい形の漆器になります。

左から3番目の工程では、麻布が貼り付けられています!これは繊維方向で割れやすい木地に布や和紙を貼り付けることで強度を上げるための工程です。漆のお椀の内側に布が潜んでいると知ったときには驚かされました!

触ってみるとざらざらだったり、すべすべだったりと各工程によって手触りも違います!

製品を塗る際にはこの工程を全て行うのではなく、予算や目的に応じて手順を省いたり、別の技法を使ったりするときも多いのだそうです。

例えばお椀だと毎日使って洗うので強度をあげるために、ほとんど全ての工程を踏みますが、一部の茶道具では木地の形や木目を美しく見せたりするために下地の工程を少なくする場合もあります。

技術や感覚だけでなく、広く深い知見が必要とされますね!

さて、この朱色のお椀は内側が真塗されたお椀。木地に一回漆を塗っただけのものと触り比べさせていただきました。

こちらには京漆器の特徴も表れています。

まずは、木地の薄さ!写真手前が木地ですが、このままだとすぐに割れてしまいそうなくらい薄くて軽いです。光にかざすと透けるほど!

写真奥の完成品と見比べてみてください。分厚さが全然違いますよね。薄い木地にしっかりと下地をして仕上げるのも京漆器の特徴の一つです。

木地が薄いからこそ、布を貼ったりと下地を分厚くしてもすっきりと仕上がるのだそうです。これには、宮廷文化や茶の湯の文化に大きく影響されているからという背景があります。

漆塗りの作業を見学!「漆塗りで形をつくる」とは?

それでは、実際に作業の工程を見せていただきましょう!

塗師に欠かせないのが、この「定盤(じょうばん)」。道具箱兼作業台、そしてたまに食卓(?)です。

17年ほど使われているそうで、最初は白い漆で塗られていたそうですが味がでてきています。

今回は「錆つけ」という、下地の工程を見せていただきました。漆と水と「砥の粉(とのこ)」という京都山科産の土を混ぜた「錆漆(さびうるし)」を塗り、強度を高めます。

水指の蓋に錆漆を塗ります。

持ち手の部分は別で進めて後ほど漆で接着します。

前回塗った錆漆を研いで表面をきれいにしたところからスタート。

まずは砥の粉を砕きます。

水を加えてヘラで練っていきます。

しゃかいか!メンバーも体験させてもらいました。職人さんはヘラの動きがスムーズできれいに伸ばせますが、やってみると意外と難しいです。

ヘラのしなりと伸ばしていく感覚がクセになります。

続いて漆を混ぜます。水に対して漆の割合が多いほど硬くなるのですが、この配分も職人さんの経験で決まります。京都は漆が多めなのだそうです。

滑らかになりました!

ヘラで錆漆をのせていきます。

私がやらせてもらったときは、厚みを均一にするのが難しく、特に曲線部には大苦戦しました。たくさんの鍛錬が必要とされます。

塗ったり、練ったりして少し時間がたつと、色がだいぶんと茶色くなります。短時間での色の変化も漆の面白さの一つです!

私はだんだんとチョコに見えてくるのですが、漆を見慣れた職人さんからするとチョコが漆に見えることがあるのだそう!

お菓子の話の流れで、「塗師さんケーキのクリーム塗るの上手説」も登場しました!髙木さんも一度お子さんの誕生日にされた時、「めっちゃ綺麗にできた」そうです。

最後に角の部分に余った漆をスッと切って取り除きます。このシュッとヘラを動かすのは力加減が難しくありつつ、気持ちの良い瞬間です。

この錆漆を塗る工程には、強度を上げるだけでなく、形を整えるという役割もあります。例えば漆を塗るだけだと丸くなってしまいがちな角を立たせることができます。

この蓋を風呂に戻した後の髙木さんの一言が、「(他に)錆つけるもんあった?」

工房でよく聞く会話です。漆は塗っては乾かしを繰り返すため、多くの仕事を同時進行。いかに効率よく進めるかも塗師の腕の見せ所です。お弟子さんが阿吽の呼吸で次の品を取り出します。

職人さんの世界!塗師が用いる特別な道具たち

漆塗りには定盤の他にも、様々な面白い道具が用いられています!その一部をご紹介します。

まず、私が最も大事なものの1つでないかと感じているのは、上の写真にも写っているラップです!工房の棚に並んだ漆は3年ほど保存できるそうなのですが、それに欠かせないのがサランラップ。

空気に触れて漆が固まらないようにしてくれます。

余った漆は、少量でも無駄にはしません。10年以上育てた1本のウルシノキから取れる漆はわずか200 gほど。漆はとっても貴重です。

定盤の上に薄くついている漆でさえヘラでこそげ取ってラップに包んで保管したり、他のものを塗ったりする姿に私は驚かされました。

無駄なく漆をこそげ取るためにも、定盤の表面をいつも平らに整えておくというのも職人さんのプロ意識です。

驚いたのが、ラップはラップでもサランラップでないとだめなのだそう。他のラップを用いると空気が通ってしまってすぐに漆が固まってしまいます。専門学校の漆科の最初のガイダンスでも、「ラップはサランラップを買うように」と案内されるのだそうです。

ラップによって漆の明暗を分ける大きな違いがあるとは知りませんでした!

ラップ以外だと和紙に水をつけたものが一時的に保管するのに用いられるのだそうです。

次からは、職人さんらしい道具と言えるでしょうか?

ヘラと塗師刀(ぬしとう)です。

下地部分に用いるヘラは、なんと髙木さんの手作り!

このようなひのきの板から用途に合わせて自分好みに削り出します。

体験させてもらったことがあるのですが、硬くて刃が進まず、全く削れませんでした。初心者は一日がかりなのだそうです。

それに対して、髙木さんはものの5分ほどで新しいヘラを削ったり先の鈍ったヘラを削りなおしたりしてしまいます!

ヘラ削りに用いられているのが「塗師刀」。この写真は鞘(さや)の部分ですが、長年使いこまれた味が出ています。

実は先ほど錆漆づくりで砥の粉をつぶす棒として使われていたのもこの塗師刀!キャップをはめた状態で使われていました。塗師刀一本で何役も果たしてくれるのだそうです。

続いてはこちらの刷毛。下地が終わった後に塗りの工程で用いられます。

この刷毛の持ち手部分も、職人さんの手塗りだそう。持ちやすさと汚れの付きにくさが生まれます。刷毛を使うため塗るのには刷毛が必要、という矛盾が潜んでいたり...?

カラフルなのは刷毛どうしを見分けるためと、塗った時に余った漆を使っているからです。

こちらはまだ使われていない刷毛です。

この毛、何の毛だと思いますか??

なんと、人の髪の毛です!端から端まで鉛筆の芯のように通っており、削りながら使います。若い女性のストレートヘアが適しているのだそうですが、毛先部分は傷んでおり使えないので、相当髪の長い人でないといけません。私はくせ毛なので残念ながらアウト。

今では髪の毛を提供できる方がほとんどいないのだそうです。

写真の刷毛は、髙木さんが24、25歳の時に購入されたもの。1本なんと6万円。もうこのように上質な刷毛はないといわれ、修行中でお金も厳しい中、将来のために3本購入したのだそう。

最高ランクの刷毛はこの人毛ですが、馬など他の動物の毛が用いられていたり、毛が途中までだけ通っていたりするものもあり、用途によって使い分けます。毛が先にだけついているものは「チョイ塗りくん」というネーミング。ポップで好きな名前です。

この右手に持たれているのは、最終仕上げ塗りの際に入ってしまう埃を取る道具。タンチョウの羽の軸だそうです。先を削って鋭くして用います。しなり具合がちょうどよいのだとか。

なかなか入手困難だそうで、職人さんによっては拾ったカラスの羽を使ったりする人もいるそうです。

髙木さんも東山動物園で羽をもらえるのか聞いてみたこともあるのだそう!残念ながらダメだったそうですが。

これは漆で細かい絵を描く際に用いる「蒔絵(まきえ)筆」。猫の毛でできています。

筆先部分が長くありませんか?毛もとっても柔らかく、初めて触ったときは線一本さえうまく引けませんでした。慣れると細い線や直線が引きやすく、蒔絵に適しているのだそうです。漆の職人さんでも、漆で絵を描き金属粉を蒔く「蒔絵」という技法を専門とする人は塗師と別におり、「蒔絵師」と呼ばれます。

髙木漆工さんは塗師の工房なので蒔絵師ではありませんが、蒔絵の筆づかいは見とれるほど!次々と美しい線や可愛らしい絵を描かれます。

こちらは使い終わった漆の桶を重ねて貼りつけたもの。物置き台としても使われます。

職人さんは専用の道具をたくさん用いるイメージがありましたが、このように工作して使われているものも多々あり、面白いなと思います!

100年後の未来も見据える。お直しの仕事にも詰まるこだわり

修復って想像がつきにくくありませんか?私は工房の仕事を想像する際、つい新しいものの制作をイメージしがちです。

しかし、長持ちする漆の世界では、古美術商さんや飲食店などからお直しのニーズが多くあります。

お直しの依頼が来ているものを一部見せていただきました。

こちらは明治くらいに塗られた棗ではないかとのことです。くすんでいるところを磨き、傷が入っているところに漆を摺り込むという依頼。

こちらの蒔絵が施された部分、今では茶色味を帯びて見えますが、もともとは黒色だったものが透けてきてこの色になっているのだそう。

何色の漆を塗るかは、塗師の腕の見せどころ。元の黒色を塗るとそこだけ浮いてしまうため現在の色に近い漆を塗るのだそうです。

しかし、それでは100年後にその部分だけ色が明るくなり、塗っていない部分との差がでてしまいます。

今同じ色にするのか、後々同じ色になるようにするのかはお客さんとの相談次第。100年先を見据えた仕事、かっこいいなと思います!

こちらは江戸時代後期の京都の名工「原羊遊斎」が手掛けた棗です。日本で初めて「ブランド品」を作りだした人と言われています。

螺鈿(らでん)という貝で装飾された部分の剥がれなどを主に直します。線が細かく美しすぎてほれぼれしてしまいます!

お直しの仕事ではこういったとても古くて貴重なものに触れられることも多く、職人の特権の一つなのだそうです。

「修理」と「修復」の違いは、修理だとお椀などを全部塗り直すといった作業になるのに対し、修復では現状を維持しながら、どう傷をわかりにくくするかが重視されるということ。上記の2つの例は、修復にあたります。その感覚を職人さんが持っていることが大事で、京都はそれが得意なのだそう。

他に京漆器の特徴としては、幅広い技術を有することもあげられます。他の産地には量産品が多いため、丸いものと四角いものとを塗る職人さんが分かれているところもありますが、髙木さんはどちらもやる。何ならいびつな形のものも塗りますし、修理・修復も行います。京都は少量多品種で、高額にはなるもののクオリティを高く仕上げるのだそうです。

漆の汎用性を生かして新たな需要を!髙木漆工が続ける挑戦

「これ漆?」とびっくりしますが、こちらは髙木漆工さんの新しい取り組みの1つ、お友達の日本画家さんとの合作です。髙木さんが塗った漆器に、日本画家の戸倉英雄さんが漆絵を描かれています。

日本画と漆はなかなかない組み合わせですが、実は相性が良いのだそう。

日本画では膠(にかわ)を顔料の定着材として用いますが、どうしても経年劣化により粘度が弱ったり、色が剥落したり、素地も傷んだりなど保存に難点があります。

しかし漆なら100年以上保存が出来る。しかも使うこともできる。日本画の繊細な図柄と漆の堅牢さが合わさることで、新たなニーズにこたえられるのではないかと考えられています。

ここでも日本画家さんの仕事に対して漆塗りは陰の仕事。裏を見ると、髙木さんによる漆塗りやクルミのからで足をつける高級感の演出といった職人技が見られます。

話は逸れますが、お皿の背景の畳、味がありませんか?

私ははじめ「畳の上で作業なんてなんと伝統工芸っぽい!」「たくさん付いた漆が今までの歴史を物語っているようでかっこいい!」とワクワクしました。のちにこれが汚れをふき取りやすい柔道などでも使われるプラスチック製の畳だと知り、2度目のびっくりを味わいました。

お直しの仕事など、万が一落としてしまっても破損のリスクが少ないよう、クッション性のある畳の上で、高低差が少なくなるよう椅子ではなく地面に座って作業をされているのだそうです。

こちらは「いろいろ漆器」という髙木漆工さんのオリジナルシリーズ。

先程も少し触れた、「余った漆を無駄にしない精神」から生まれたものです。工房で様々な色を使う中で余った漆を、パッチワークのようにペタペタとつけたことが始まりです。

「漆って赤と黒だけじゃなくてこんなにカラフルにできるんだ!」「漆かわいい」と思わせてくれます。

こちらは漆塗りのストロー。堤淺吉漆店さんが販売されている漆と木のストロー「/suw」です。

薄い木がくるくると斜めにまかれており、それに漆が刷り込まれています。

巻いた木そのままだと折れやすいため、漆を塗ることで強度がアップ。漆には抗菌作用もあるので安心です。

負荷のかかりやすい飲み口部分には下地として和紙が貼られ、強度が高められているのと同時に、つるっとした塗りで口当たりも良くなっています。

ストローの内側も漆塗り。「刷毛も通らないのにどうやって塗るんだろう」と思っていたら、ホームセンターで白髪染めに使う小さいブラシを発見し利用されているそうです。昔から使われている道具も多いですが、新たな仕事などでは職人さんの創意工夫を感じることができます!

その他、巨大な陶器の壺や紙皿、アルミに革、ガラスに塗ってみたり、バーテンダーが使う道具や漆塗りのトロフィー、包丁の柄の作成をしたことも。柔軟に挑戦を続けられています。

多様な仕事が来る理由は、つながりの広さに加えて「断らない」というポリシーも。

祇園祭の山鉾の塗りの依頼が来たときには、工房に入りきらないサイズとわかっていたものの、即答で「できます」宣言。

「工房に入らんけどどうしよ」とそわそわされていたのが印象的でしたが、最終的には知り合いの方から作業場所を借りて仕事を完遂。「漆塗りならなんでもやる」「仕事は断らない」の精神です。

これは髙木さんが修業時代に師匠から学んだこと。

難しい依頼でも断らないことで、次の仕事につながるそうです。

塗りの仕事とは逸れますが、髙木さんは昨年行われた京都の時代祭にも参加。なんとしゃかいか!メンバーの一人がたまたま目撃していたそう!

時代祭の衣装はすべて本物の伝統工芸でできているそうで、髙木さんが着たのは鎧兜。衣装の中で一番重たいため、誰もやりたがらないポジションなのだそうです。

髙木さんが鎧兜を選んだ理由は、「本物の伝統工芸でできた鎧兜がどれだけ重いのか試してみたかった」からだそう。鎧兜は、金属の錆止めなどのため漆で塗られているのだそうです!

漆には塗装や接着だけでなく、錆止めの効果もあるとは!奥の深い世界です。

時代祭では長時間、全荷重が肩にかかり続けて相当重かったそうですが、いい勉強になったのだそう。一見面倒だったり大変だったりしそうなこともなんでも面白がってアクティブに活動されている髙木さん。

鎧の漆塗りで気になる部分を発見し、平安神宮で着付けをしてくれた人に「ここ塗りなおしましょうか?」と冗談を言ってみたり、といったエピソードも教えていただきました!

漆塗りを次世代に受け継ぐ。髙木漆工が続ける取り組み

髙木漆工さんはワークショップも定期的に開催されています。子ども向けのものもたくさん。

直近では綿善(わたぜん)旅館さんで、主に小学生を対象にお箸の漆塗り講座が開催されました。

工房の皆さんが(ついでに私も)子ども好きということもありますが、漆を知ってもらいたい、未来につなげたいという思いから草の根活動です。そのため、多くのワークショップの際には体験だけではなく「漆は9000年以上前から用いられている」などといった漆に関するお話を積極的にされています。

子どもが相手の時でも気を抜きません。子どもの頃の経験は将来好きになってもらえたり、逆に嫌いになったりと大きな影響があるため、大事にされているのだそうです。

今年度は京都市の京もの担い手育成事業というプログラムで学生たちとだるまの積み木を開発。写真は試作段階のものです。こちらはだるまの体部分に漆で自由に絵を描く体験のワークショップとして使われる予定。漆への新たな入り口を広げ、漆のお堅そうなイメージを変えてくれそうです!

また、インターン生など新しい人の受け入れも活発に行われています。

こちらは私がワークショップのお手伝いで蒔絵をしているところです。参加者のお子さんたちが可愛かった!

伝統工芸では職人志望の人がいても受け入れ先が少ないとよく言われますが、髙木さんはどうして弟子やインターン生の受け入れをされているのでしょうか?

それは「やりたい人がいればどうぞ」という考え方だそうです。

「僕自身も初代でこの世界に入ってて、育てていただいたんで、やりたい人がいればそれをやるのは一応使命かな」という思い。単純に手が足りない部分もあるそうですが、担い手の育成にも取り組まれています。

厳しい環境ではありますが、それでも良いからやりたいのに修行先がない、という方の受け皿になっていると感じます。

インターン生を取り始めたのは5年ほど前から。手が足りないからアルバイトを雇おうと、髙木さん自身も卒業された専門学校から漆専攻の学生の見学を受け入れたのがきっかけです。その後も何人かが通われて、お弟子さんが入られたのだそう。

私がインターンさせていただくきっかけとなったのは、なんとインスタグラムのストーリー。「インターン生募集、詳細はDMを」とだけ書かれていました。

伝統工芸の世界でインターン生の募集などほとんど見かけることがないので思い切って連絡しました。後に聞くと、学校で漆を学んでいる人が来ると想定されていたのだそう。工芸や漆と関連する専攻ではない私を「とりあえず一度見学に来てみたら」と受け入れてくださったのは、「やりたい人がいればどうぞ」の思いがあったから。ありがたい限りです。

このように、髙木漆工さんでは高い技術や深い知見をベースに、面白い商品づくりで漆の活用法の幅を広めたり、ワークショップで漆について知ってもらい好きになってもらったり、漆職人の育成に貢献したりと挑戦を続けています。

今後もどのような取り組みがされるのか目が離せません!

たっぷりお話を伺い、取材はなんと3時間に!楽しくてあっという間の時間をありがとうございました!

髙木漆工
京都府京都市山科区
Web:https://takagi-shikkou.com/
Instagram:@takagi.shikkou

text:竹村和菜、photo:本田コウイチ

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